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男と女は、愛無くしては、ひと時たりとも生きてはいけない。男と女は、かくも悲しい。
リチャード・ギアの行方
昨晩、私はリチャード・ギアだった。
その夜、私の妻はリチャード・ギアと深く愛し合った。
目が覚めると、リチャード・ギアは妻の前から姿を消していた。
彼は、彼女の心とからだに確かな愛の痕跡を残して姿を消した。
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シャル・ウィー・ダンス?
今日テレビで『シャル・ウィー・ダンス』という映画をやっていた。
それを劇場でも見ていた妻が、思い出したように私に向かって言った。
「あなたは、リチャード・ギアに似ているわ」
私は、お世辞にもリチャード・ギアに似ているとはいえない。
しかし、妻には似ているように感じるのだろう。
というより、彼女の眼には私がリチャード・ギアに見えるのだ。

感じるということは大切なことだ。
彼女の中では現時点においてそれは真実なのだから。
明日になればころっと忘れているかもしれないし、
「え~、似てないわよ」
と言うかもしれない。
でもそんなことはどうでもいいことなのだ。
彼女の今の気持ちが一番大切なのだから。
私は、言った。
「ありがとう。シャル・ウィー・ダンス?」
私の好きなタイトル
自分でいうのもなんだが、
「幸せのジグソーパズル」というタイトルが好きだ。
自分でもセンスのあるなかなかいいタイトルだと思う。

夫婦というものはそのようなものかもしれない。
夫婦2人で、一生かかって完成することのないジグソーパズルを作り上げていくよなものだと。完成しないからこそ意味があるのだと思う。完成しないと分かっていながらも、それでも完成を目指して飽くことなく諦めることなく続けてゆくことが尊いのだと思う。

われわれも出来ることなら、お互いの可能性を信じ希望をもって夫婦生活を続けてゆくことが出来たのならばと思う。
ゴールと通過点
 結婚する前、妻は結婚はゴールだと思っていた。私は通過点だと思っていた。妻はこの人と結婚さえすれば幸せになれると思っていた。私はこの人と一緒に苦労しながら少しずつ幸せを見つけていければいいな、と思っていた。夫婦でもそれだけ考え方が違う。
 40歳を「不惑」という。40にして惑(まど)わず、という意味だ。時々この諺を持ち出して、あんたももう40になったんだから云々とご立派なことを言う方がいらっしゃる。これは中国の孔子が『論語』の中で述べた言葉だ。しかし、これがいわれたのは紀元前6~5世紀のことだ。今から2500年も前の話だ。これをいきなり現代に持ってきてご立派なことを言う人を私は分かってないな~、と思う。自分に言ってくる人には、これはまったくお話にならないなぁ~、と思う。
 私の信念としては、現代人は主体的に生きようとすれば死ぬまで迷い悩み苦しむものだと思っている。のんびりするのは時々でいいと思っている。
幸せのジグソーパズル
夫婦ってなんだろうね?
好きで一緒になって、
愛するがゆえにお互いに傷つけあって、
謝罪し、お互いの傷をなめあって。
未熟なもの同士が、苦労を共にしながら幸せのジグソーパズルを作り上げてゆく。
結婚することが即幸せになることだとは思わないけど、さまざまな苦労を共にしながらもそこにかいま見られる虹のようなものが幸せというやつなんじゃないのかな。
夫婦とは死ぬまでお互いに紡ぎあい絆を深め合うそんな関係なのかもしれないな。
みなさん、自分のパートナーを大切にしましょうね。
不倫なんてしている場合じゃないですよ。
そんなわけで、お正月は、「秘め始め」ですよ。
義務ではありませんが、もう済ませましたか?
まだの夫婦は、今宵がいいチャンスですよ。
お互いの親密度を深め合ってください。
うちはどうかって?
そんなの聞くだけ野暮ってもんですよ。
だからダンス
夫婦とは多分愛が情に変質した時から始まるのである
情とは多分習慣から生まれるもので生活は習慣である

と佐野洋子さんがとある本で述べていた。

佐野洋子さんとは、
名著『100万回いきたねこ』の作者である。
また、谷川俊太郎の元妻でもある。
小指の思い出
私の小指はまっすぐじゃなくて、少しS字型に曲がっている。これは母親に似たのだと思うが、私にとっては少しコンプレックスだ。夫は男にしては妙にきれいな手をしている。色白で指が細く長くスラッとしていてとてもセクシーだ。私の自慢の手だ。普通に見るとそれほどでもないが、写真に写っている夫の手なんかを見ると、セクシーを通り越してとてもいやらしくエッチな手に見える。私以外に何人の女性にその手でその指で相手が悦ぶことをしてきたのか想像するとムラムラと嫉妬心が湧き上がってくる。夫は自分の過去を語らない。私がしつこく聞いてもごまかしてけっして教えない。「そんなに多くないよ」とだけ答える。そんなにってどんなにだろう、と私は考える。明らかに深いつきあいをしていた人は私の知っている限りでは4人ばかりいる。その年齢その時代で制約はもちろんあるだろうけど、かなり本気で愛していたようだ。彼の心の中には今でも彼女たちがうごめいている片鱗が感じられる。どこかで耳にした言葉だが「過去の誰かのことを忘れられなくても、新しい誰かのことを愛することは出来ますよ」というのがあった。確かにそうなのだろうけれども、私には今ひとつ釈然としない。とりあえず私は一番新しく愛された女ということなのだ。彼は口がうまい。女の人が悦びそうなことを平気な顔をしてシッラと言う。「いつもかわいいね」「いつもきれいだよ」「いい香りがするね」「その服、よく似合っているよ」「君は不思議だね。きれいでかわいいよ。そんな女性めったにいないよね」。さりげなく次から次へと出てくる。あやしい。きっと他の女性にもそう言っているに違いない。たずねると「本当にそう思ったから言った」という。確かに彼はとても不器用なところがあって、本当にそう思わなければ言えない。お世辞が言えない。そこがいいともいえるが、危険なところでもある。なぜならば、私以外の女の人に対しても、そう思ったら素直に言ってしまうからだ。
私はよく注意する。
女は、いい男を見つけたら自分のものにしたがる生き物だから、相手に誤解されるようなことを言っちゃダメ、って。
彼は言う。
「だって、ホントにそう思ったから言っただけだもん。相手を褒めちゃいけないの? それに、そう思わない人には言わないよ」
「だから、そこがダメなの。世の中は寂しい人だらけなんだから、ちょっと優しい言葉をかけられると私に気があるんだって勘違いするから」
「だって、おれぜんぜんそんな気ないよ」
「あなたがなくても、相手がそう思うの」
「ふ~ん、そんなもんなんだ。でも、気がある人に言ってもぜんぜん相手にされないんだけどな?」
「あのねぇ、そうじゃないの。女はね最初その気がなくても、繰り返し優しくされると、その心地良さにだんだん気持ちが引き寄せられていく生き物なの」
「ふ~ん、そうなんだ。ぜんぜん知らなかったよ」
「あのねぇ、前から言おうと思っていたんだけど、あなたはね、なぜかしらどこかしら女を惹きつける、ほっとけない何かをもっているのよ」
「へえ~、そうなんだ」
「あのね、教えてあげるけどね、あなたの身につけているふとした瞬間に見せる寂しさとか翳りとか、分かる女はそういうのを敏感に察知して引き寄せられていくのよ。そうね、母性本能をくすぐられるっていうのかしら。あの人には私がついていなくちゃダメ、私があの人を幸せにしてあげる、って思わせるものがあるのよ。分かった?」
「よくわかんないな。おれ女じゃないもん。でもまあいいよ。これからは気のない女に優しい言葉はかけないから」
「そうじゃなくて、どんな女にも優しい言葉をかけちゃいけないの」
「はいはい、分かりましたよ。きびしいなぁ」
ダメだ、まだぜんぜん分かってない。
夫教育に終わりはないわね。

出会いと別れ
出会って別れて、
また出会って別れて。
人生の中で、大切な人との出会いと別れを何回繰り返すのだろう。
出会いと別れはセットになっている。
ひとりの人をずっと愛する人もいるだろうし、
多くの人と愛し合う人もいるだろうし。
それは、その人の宿命なのだろう。
何度出会い、何度別れても、
お互いが後悔しない人生であればそれでいいのだろう。
私は別れ下手だから、
ひとりの人と長く深く愛し合うのが性に合っているようだ。
何度出会っても、また惹かれ合い恋に落ちてしまう……。
そんな人と巡り会えたら幸せだろうな。
あなたへの愛
月曜日に読んだ本に、こんなことが書いてあった。

真の愛は、相手がひとりの人間として成長することを願うのであって、
自分の思いどおりになることを求めたりはしない。

私は長いこと「自分は愛の欠落した人間だ」と思っていたが、
この一節を読んで自分のなかにも愛があったことに気がついた。
私は結婚した当初から、妻に対してそのように感じ接していた。

この本とは……
『ラブ・アディクションと回復のレッスン
 心の中の「愛への依存」を癒す』
ハワード・M・ハルパーン著
白根伊登恵訳
学陽書房

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最近しなくなったこと
唐突ですが、最近ふふふじゃなくて、
夫婦でセックスしてますか?
まじめな話です。
結婚してしばらくすると、夫婦の間でセックスって回数が少なくなりませんか?
あるいは、セックスレスになっている夫婦もあるかもしれませんね。
夫が浮気や不倫していたり、妻が浮気や不倫をしていたり……。
家庭にセックスは持ち込まない、という人もいるかもしれませんね。
いろんなかたちのセックスがあると思いますが、
自戒の念も込めて、やっぱりみなさんには、
「夫婦間の満たされたセックスライフを送ってほしいなぁ~」
、と思います。
これを読んだみなさん、今晩くらい自分のパートナーに
「ねえ、ねえ」ってすりすりしてみてはいかがでしょうか?
ちょっとぐらい恥ずかしくったっていいじゃありませんか。
彼氏と彼女の間柄の時代には、
会えば必ず時間を惜しんで、別れを惜しんでセックスしていたんじゃありませんか?
何をかくそううちがそうでした。
それが今では……。
この先は……、
みなさんのご想像におまかせします。

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