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男と女は、愛無くしては、ひと時たりとも生きてはいけない。男と女は、かくも悲しい。
別れの予感
不思議なことなんだけど、自分がふられた女性よりも、自分がふった女性の方が今でも忘れられない。ふられた女性に対する悲しみ、嘆き、怒り、憎しみなどもろもろの感情はいつの間にか風化して、風の中に消えていった。今でも残るのは、ふった女性に対する罪の意識。なぜだろう? こんなおれを好きになってくれて、という思いがそこにはある。私は女性の私への思いに鈍感なのかもしれない。だから、好きだと言われればつきあう。つきあってみなければ相手のことが分からない。それは当然のことなんだろうけれども、分かるまでに時間がかかるから、相手が幸せの絶頂の時に別れを切り出すことになるからなのだろうか? とにかく、何らかの事情があって別れるわけだけれども……。別れを告げるのはつらい。告げられる方もつらいが、告げる方もつらい。その時には、お互いが悲しい現実と対峙しなければいけない。
 今はもう結婚してそんなこともなくなってしまい少し寂しくもあるが、心の平安の方が大きいのかもしれない。女友達はいるけど、妻が嫉妬深いのには閉口している。不倫はしないって約束しているんだから、もう少し大目に見てほしいな。
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テーマ:スズキジムニー - ジャンル:車・バイク

幸せな結婚……ふってふられて
 男と女の関係は、出会って、火花が飛んで、つきあって、手をつないで、キスをして、セックスして、ふったりふられたり、まれにゴールインしたりと、さまざまなストーリーを描くんだろうけれど、私も以前は少しばかりそのような経験があった。
 時々、今までに自分を好きになってくれた幾人かの女性のことを思い出して、もしあの女性と結婚していたら、どんな人生だったんだろうな、って考えることがあるんだ。以前は、今より素晴らしい人生になっていたんだろうな、って思っていたんだけど、最近はそうは思わなくなった。今は、別れた時はつらかったけど、あれでよかったんだ、おれと一緒になっても彼女は幸せになれなかったんだ、誰かは分からないけど今の男性と夫婦になった方が彼女は幸せだったんだ、と思えるようになった。
 その思いが、ふった女性に対する罪滅(つみほろ)ぼしになっているような気がして、少しは罪の意識も軽くなっている。
 男と女の関係は、ふってふられてなんだろうけど、女性をふった罪の意識は、私の中では何年経っても薄らぐことはないのです。
今は、その女性たちの幸せを心から祈っています。

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ふとわれに返るとき
「結婚」ってなんだろうな?
気がつけば、今はよく知っているけど、以前はまったく知らなかった人が側にいて……、一緒に生活していて。
時々、ふと思うんだ。
あれっ、おれはなんでこの人と今ここでこうして一緒にいるんだろう、
って。
ふとわれに返るっていうのかな……。
急に現実に引き戻されるっていうのかなあ?
生活に追われている中の、一瞬のエアポケットのような間が。
それが、一緒にお風呂に入っているときなんかに急にわれに返ったりすると、お互いに裸なもんだからかなり恥ずかしい。
あれ、おれは何で今、素っ裸でこの人と一緒にお風呂に入って親しげに二人しか知らない話なんかしているんだろう、って。
その瞬間は、二人が始めて出会ったその瞬間に意識がタイムスリップしているんだよね。
二人が始めて出会ったのは、25年前の高校一年の9月初頭、私の学園祭の時のことだった。私が16で彼女はまだ誕生日を迎えていなくて15だった。遙か昔のうぶな高校生に戻ってしまう。だから、現実と整合させるためにかなり苦労するし恥ずかしい。
お互いに、時々こんなことがあるんだよね。
不思議な現象だと思う。
こういうのを何ていうんだろうね?
結婚してずいぶん経つけど、未だによく分からない。

彼女は、私の高校に一番近い私立のミッション系の女子校に通っていた。

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気がつけば夫婦
スズキジムニーをテーマにクルマを中心とした日々の徒然を書こうと思って始めたこのブログだが、いつの間にか、夫婦について語り始めていた。私たちに子どもはいないが、二人だけの生活でもいろんな出来事が起こってくることには驚かされる。これで子どもがいたらどうなることだろうと恐れおののいてしまう。「人」という漢字は、人と人が支え合っていると武田鉄矢が金八先生の中で言っていた。だが、一歩間違うと人と人がもたれあっているようにも見える。もたれ合ってしまうとそこに家庭内のゆがみやひずみが生じてくる。それを共依存という。お互いに精神的に自立しながらもお互いを助け合いながら補い合いながら生きていくのが本来の夫婦なんじゃないかな、とふとそう思う。

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いまはこのまま
妻と一緒にいるときに、
「いまはこのまま」、と思うときがある。
よくある。
夫婦でいればそんなことがあってもおかしくはないのだろう。
いまはこのまま、っていう時を、
これからもなるべくたくさん作っていきたいと思う。

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のり塩ポテトチップス
 不思議ですよね。
なんで夜って寂しくなるんだろう?
私がまだ若い頃、っていっても中学・高校生の頃なんだけど、
「初めてのキスは、甘酸っぱいレモンの味がした」とかなんとか雑誌に書いてるじゃないですか。その頃はその頃で、キスなんかしたことないもんだから、「へぇ~、そんなもんなんだ」とか思いながら学生生活を送っていたわけですな。
 それで、いつのことだか正確なことはもう忘れちゃったんだけど、妻とはまだ彼氏彼女の関係だった頃のことだけど、妻との初めてキスは、「のり塩ポテトチップス」の味がしたんですよね。
 あれからもう20年近く経つけど、いまでも妻とのキスの味はのり塩ポテトチップスの味がするんだよね。まあ、昔に比べればキスする回数も極端に減っちゃたけどさ。
 お恥ずかしいお話でした。

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妻の香り
妻は、仕事柄家を空けることが多い。そういう日は、当然ながら私は一人で夜を過ごす。寂しく感じることも多々ある。そんな時は、妻の香りを身に纏(まと)う。そうすると、寂しさが少しやわらぐ。でも、その後に、もっと寂しくなる。そんな時は布団をかぶってさっさと眠ってしまう。少し幸せな夢を見る。ちなみに、妻が使っているフレグランスはエスティーローダのプレジャーズだ。1年ほど前に横浜高島屋のエスティーロ-ダのコーナーで買って、プレゼントした。柔らかく優しい香りだ。女性のフレグランス特有の甘さが強すぎないのがいい。私が付けても肌になじむ。妻には、まさに彼女のために調合されたフレグランスだ、と思えるほどこの上もなく似合う香りだ。

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夫婦
 もう2年前のことになるのだろうと思うけれども、日曜劇場で『夫婦』というドラマをやっていた。主演は田村正和と黒木瞳で、夫婦を演じていた。なかなか似合いの夫婦だった。
 世の中の夫婦には、100組あれば100通りの夫婦があってどれが正しい夫婦のあり方か、などということは論ぜられないのだろうけれども、お互いに心が通じ合っているな、と思えるときが少しでも多くもてる夫婦が理想なのではないかと思う。生きるために、食べていくためになりふり構っていられないというのが現実の厳しい社会情勢であることは重々承知しているけれども、そんな中でも、砂漠の中のオアシスのような、そんなひとときを共有できる夫婦であらんことを世の夫婦と呼ばれている人たちに願う。
 『夫婦』のDVDを観ていてそのように思った。

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まあ、いいではありませんか
最近、けしからんおじさんが治ってきた。
今までは、何かというとけしからんけしからん、と腹を立てていて、世の中こうでなくてはいかんのだ! などど自分の論を展開していたのだが、どうも最近それに疲れてきていたのだ。
そしたらば、また宗教の話で申し訳ないが、真言宗の開祖の空海さんが、「何か嫌なことに出会ったら、それは人を許すことを覚える修行だと思いましょう」とかいったことを述べていた。それを読んでなるほどな、と私は感心してしまったのだな。それ以来なるべく空海さんの教えに沿うように嫌なことがあっても修行修行と考えていたらこれがだんだん腹が立たなくなってきたから不思議なもんだ。
私の場合はどんなに偉い人がありがたいことを言っても簡単には信じないのだが、自分が納得したことだけは信じるのだ。この空海さんの言葉は自分が納得して信じているからこれからも自分の心の支えになっていくのだろうなと思っている。
とはいうものの、妻に腹を立てないことがこの世で一番難しい。
なんてこった。

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阿弥陀堂だより
もうずいぶん前のことにななるが、
『阿弥陀堂だより』という映画を観た。
あれは横浜の港南高島屋のとなりのミニシアターだった。
こじんまりとした映画館にふさわしい名画だった。
主演の寺尾聰と樋口可南子が、私たち夫婦に重なった。
人は、なぜか人を求める。
一人で生きていくことに孤独と寂しさを感じるからだろう。
私なぞ、妻に先立たれたらひとたまりもない。
日々生きていくことがつらく苦しいことだろう。
人には命があって感情をもっている。
ただし、自分は自分、他人は他人。
それは夫婦でも同じこと。
その境界線が曖昧になってくると、
夫婦で生きていくことがつらく息苦しくなっていく。
縁があってめぐり逢った二人ならば、
お互いにきちんと向き合って生きていきたいものだ。
もっとも、これほど難しいこともないのだが。

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小さい秋見つけた
久しぶりに崎陽軒(きようけん)のお弁当を食べた。
昔、よくカミさんと食べたことを思い出した。
季節柄、ちょうど「お弁当秋」というのがでていた。
それを買った。
もうひとつ、自分用に「チャーハン弁当」を買った。
妻は、お弁当秋が好きだ。
量がちょうどいいし、バラエティーに富んでいるのがいいらしい。
小さな幸せがそこにあった。

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稲妻
私と妻は、私の高校の学校祭で初めてであった。高一の秋のことだった。その時、私の中には稲妻が走った。何年も後になってその話を妻にしたら、妻もこの人とはこの先何らかのかたちでかかわっていく人だと直感した、と言った。不思議なことにお互いに霊感が強い。特に妻は私よりずっと強い。ただ、霊感の強い人と一緒にいると、影響を受けてこちらの霊感まで強くなってくるから不思議だ。いい意味での相乗効果があるらしい。

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めぐり逢い再び
最近、スズキジムニーの話を逸れて、男と女の話ばかりしているんだけど、タイトルが男と女だからいいのかな? と思っている。
このタイトルは映画「男と女」から引用したものなんだけど、映画の方もフランス映画らしく陰影があって過去のある二人が思いを募らせていくといったものでなかなか味わい深いものがあった。フランス映画はそういった意味で陰影に富んでいて、見た跡に余韻を残させる。だから、疲れたときなんかに見るともっと疲れちゃったりしてダメだ。
今回紹介するのは、ズバリ『めぐり逢い』。
1957年の作品で、主演は私の憧れの男優、ケーリー・グラント。できることなら、船越英一郎よりケーリー・グラントに似たかった。残念! ヒロインは、デボラ・カー。何度見てもいいんだけど、特にラストが泣けるんだよね。ま、アメリカ映画はそういった意味では、ラストはハッピーエンドに終わるから、途中ハラハラしても安心して見ていられるんだよね。そういった意味では「水戸黄門」みたいなもんかもしれないね。そんなこんなで、まだ見たことのない人は一度ご覧あれ。見終わった後に、となりにいるのが、ケーリー・グラントやデボラ・カーじゃなくても、そいつはあたしの知ったこっちゃありませんのであしからず。

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